年間プログラム

2015年02月03日 - 【あむ】矢野誠×亀渕友香対談

キラリふじみ・コンサートシリーズ
『あむ』
矢野誠×亀渕友香対談
 

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キラリふじみ アソシエイト・アーティストの矢野誠さんが2月にコンサート『あむ』を上演します。70年代からジャパニーズポップスを牽引してきた矢野さん。
今回のコンサートでは、自身の音楽の真髄である「ポリフォニー音楽」の世界と、音を探求し続ける矢野誠音楽の「今」を1時間30分のコンサートで体現していきます。

現在、矢野さんは「日本」をテーマに和音階と西洋音階を融合した新たな音楽の領域へと踏み出しています。
その音楽を表現するのは、ヴォーカルグループ「やのはな」。
矢野さんが音楽監督を務め、The Voices of Japan(VOJA)の中からトップボーカリストを集め、ジャパニーズモダンを声とハーモニーで表現するグループです。
今回、矢野さんと対談するのは「やのはな」のプロデュースを手がける亀渕友香さん。

昔からの音楽仲間であるお二人は、90年代に「日本」をテーマに一度曲づくりし、そこから十数年の時を経て、「やのはな」で再び「日本」をテーマに創作をしています。

『やのはな』についてはもちろん、お二人の出会いから、なぜ「日本」なのか、そして新たな音楽へ取り組む音楽家たちの想いを伺いました。

※キラリふじみ・コンサートシリーズ『あむ』公演情報はこちら
※1月18日に開催した関連企画「矢野誠ロビーコンサート」のレポートはこちら
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>profile

>矢野誠 作曲家・編曲家・プロデューサー・ピアニスト

 
70年代初めより鈴木慶一、松本隆らと活動を開始。以降、編曲者として石川セリやあがた森魚らなどを手掛け、日本の新たな音楽シーンを開拓。また井上陽水など数多くのアーティストのアレンジ・プロデュースを手掛ける。

>亀渕友香日本のゴスペルシンガーの第一人者、ヴォイストレーナー。
 
1944年北海道札幌生まれ、東京育ち。東京声楽音楽専門学校(現・昭和音大)オペラ科を卒業。バーバラ・ゴブに専門ゴスペルを、ウィリアム・バッキンハイムに発声学、カーマイン・カルーソにジャズ理論及び演奏形態を学ぶ。1968年、R&Bグループ「リッキー&960ポンド」のヴォーカリストとしてデビュー。その後、一時渡米。帰国後ゴスペルをベースにミュージカル、映画音楽、TVラジオ出演など意欲的に活動の場を広げる。1993年ゴスペルを主とするクワイアー「亀渕友香&The Voices of Japan(VOJA)」を結成。2008年には「第1回 野口英世アフリカ賞」の授賞式および記念晩餐会にて、天皇皇后両陛下や歴代総理大臣、アフリカ各国の大統領や国王といった国賓の前で演奏した。

最近では様々なミュージシャンとのコラボレーションを行うなど、ソロ活動にも積極的に取り組んでいる。

>やのはな ヴォーカルグループ
 
ジャパニーズモダンを声とハーモニーで表現する女性9名からなるコーラスグループ。亀渕友香率いるゴスペルグループThe Voices of Japan(VOJA)の中から、トップボーカリストを集め、和歌や短歌を題材に矢野誠がメロディー、アレンジをし、日本の美をコーラスで表現する。

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●対談内容●
二人の出会い
「日本」をテーマにした曲づくり~90年代~
「やのはな」について
「やのはな」の曲と新しい音楽への取り組み
キラリふじみ・コンサートシリーズ『あむ』について
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-お二人が最初に出会ったきっかけを教えてください。

亀渕:初めて矢野さんと会ったのは、ブブ(※1)が、「ビートルズが好きな人がいるんだよ。」って、矢野さんのことを話してくれたの。
でも‘ビートルズ好き’なんて人はたくさんいるから、私は、「ああ、そうなの」っていうくらいだったんだけど、ブブは、きっと、私にあなたを会わせたかったのね。「彼は自分でビートルズの研究もしているんだ!」とか、いろんな言葉を駆使して話を続けて、結局2人で一緒に車で…
(※1 放送作家 菅谷 建一氏。菅谷さんは当時、外車を始め、車の売買を生業としており、亀渕さんとはTBSの朝番組「音楽ヤング」で知り合う。吉川 英治文学新人賞を収めた、影山 民夫さんからの紹介による。この時代は加藤和彦さんらが音楽仲間。

 矢野:ジープのオープンカー! 2人で車できて、庭から「矢野さーん!」って(笑)

亀渕:(笑)  そう、あなたのお家へ伺ったの。私、本当によく覚えているの。それで矢野さんに初めて会って、まず思ったのは、「いやー、いい男!素敵な人だな」って(笑)私がラッキーだったのが、次の日映画に誘ったら、「僕もみたかった」って言ってくれて、デートしてくれたのよ!で、私は恋心にも似た気持ちで会わせていただいたんです。
映画を見たあとは、私の知っているお店に連れ出して、食事もして。それで帰ろうとしたら女の方がいらして、それが矢野顕子さん…。その時に、恋心が冷めました(笑)
でも、それ以降もずっといいお付き合い。矢野さんは素晴らしい音楽家よ。音楽家としてすごく尊敬しているのよ。私が日本で尊敬している音楽家は、2人か3人しかいませんから。もう、素晴らしい方ですよ。私にとって、矢野さんは特別な方です。

矢野:あの頃は、ジャンルとか仕事とかに関係なく、いいと思えば紹介しあって、みんなで遊びながら音楽していたもんね。国吉くん(※国吉良一)ともそうやって出会ったんだよね。そこから生まれたものがたくさんあった。

 

 

-90年代に、矢野さんと亀渕さんは、「日本」をテーマに曲づくりをされています。お二人で活動を始めたきっかけやその時のことをお聞かせください。

 亀渕:その頃、音楽が分からなくなって、ちょっと悩みすぎていたから、いったん音楽を辞めていたの。まあ、ちょうど結婚もしていて、子供もいたから、子育てをしようって。でも、5・6年経って、「私、何やっているんだろ。音楽を少しやらないといけないな」って思って。それで、日本に帰って「何をやろう?」、「誰と何をやろう?」って、思った時に、やっぱり矢野さんだったわけ。「矢野さんとだったらやりたい!」って。しかも矢野さんと「日本」のイメージで音楽を作りたいな、って。色鮮やかで綺麗な“京都のお菓子”のような音楽。海外に行って、日本には美しいものがたくさんあって、「日本って良かったな」って再確認できたのよね。
それで矢野さんにお願いをしたら、快く引き受けていただいて。そこでまた、素晴らしいミュージシャンを集めてくださったのよ。歌舞伎の鳴物の方にパーカッションをしてもらったり、とんでもなかったね。とんでもないことをやってしまって!
それでさらに「矢野さんはやっぱり素晴らしいな」って感じて、2人で組んで曲とか作ったのよね。

矢野:90年代くらいだよね。僕も日本に興味があったからね。
あの時代は外国の人に「日本」って言われて、初めて「日本」を意識するような時代だった。「そうなんだな、俺、日本人なんだよな」って。それこそ何にも知らないな、って思って勉強しだして。例えば、津軽民謡と沖縄の音楽なんて調べていくと、ファとシがあるからポップスに近いんだよ。そういうことを調べていた時期だったんだよね。だから、亀ちゃん(※亀渕友香)が紹介してくれた、京都の学校に行ったし、チャンスがあると必ずあの辺の寺の日本庭園でスコアをひろげて仕事をしていたんだ。あれ文句言われないからね(笑)

亀渕:素晴らしい創作場所よね。

矢野:そこで、僕の中で「これだ!」って思ったのは、「庭」と「俳句」だね。
京都の三千院に行った時に、外で小編成の雅楽をやってるわけ。
「あっ、これだな、」って、思ったんだ。本来の日本の音楽って、ガーデンミュージックなんだなって。春の野の花とかと一緒に、「ヒュー」っと笙(しょう)の音とかしてくると、分かりやすいわけさ。「あっ、これ気持ちいいな」って。

亀渕:そうですよね。音と風景って、すごく溶け込む。音は空気のかたまりだから。
空気が固まって、ある音をだすことによって「音」になるわけだから。空気と溶け合うものなの。そういうことをみつめていくと、声も空気と溶け合うし、声からでてくる‘言葉’も風景の質がある。そうなっちゃうわけ。

矢野:そうだね。俳句なんて風景を読んだものだし。
あと俳句は、‘洒落ているか‘どうかみたいなところが、ちょっとポップスと近いんだよね。

亀渕:俳句自体の作り方にユーモアがあって、多様化しているじゃない。その時々で季語も動くし。面白いのよ。そうそう、それで、「’俳句ジャズ’っていうのをやってみない?」 ってご提案したのよね。
それで「梅咲いて」(※2)っていうことから始まったの。そしたら「これはおもしろい!」って。
それこそリズムだって俳句‘ジャズ’っていうくらいだから、ジャズの形式でつくって。4ビートであったり、ビートをこう揺り動かすっていう。
(※2 楽曲「俳句ジャズ」で使用している与謝蕪村の俳句「梅咲いて 帯買う室の 遊女かな」より)

矢野:俺はずっとポップスをやってきたけど、2人ともジャズをかじっていたから、亀ちゃんが歌って、僕がピアノを弾くと、なんとなくそれ風なフィーリングが交じるんだよね(笑)しかも、「俳句ジャズ」っていう響きがいいねって。

 

亀渕:ちょっとお洒落で大人の雰囲気もするよね、って言って、それで始めたのよ。
でもね、この方、すごいんですよ!
2人で曲づくりを始めたら、「じゃあ君も詞を書きなさい」って言うの。「はぁ!?」って言いながらも一生懸命書いていたんだけど、急に呼び出しがかかって、「今日は桜を見に行こう!」っておっしゃるの。で、二人で見に行って、桜を指して、「これこれ、ここね。この色。このような言葉を書きなさい」って。「はぁ、、、、」って言って。(笑)

矢野:だって、駒場の公園に綺麗な桜があったから…(笑)。

亀渕:(笑) あと、海にも行きましたよね。海を見て、蕪村の歌詞になりましたよね。

矢野:「春の海 ひねもすのたり のたりかな」(※3)だね。海を見て「のたり」っていう感じがすごくしたんだよね。
(※3 楽曲「俳句ジャズ」で使用している与謝蕪村の俳句)

亀渕:そう、その時も、「ほら、みてごらん、あそこの波の、白い、あっ、青いよっ!」とか色々おっしゃるの。でも、そうやって自然を感じて曲をつくると、匂いもでてくるし、風がどのくらい強く吹いているのかもでてくるし、見えてくるものがたくさんあるわけ。矢野さんと一緒にいて、いろんなことを確認させてもらったわ。

矢野:そういう感覚を感じてつくるっていう曲作りは、俳句から学んだんだよ。当時の日本の音楽は、輸入したものを構成するだけだったでしょ。サウンドの新しさだけで、海外からきたすごいアイディアを追っかけんのに精一杯で。 「これがきたから、これをやんなやくちゃ」、「わかった、次!」みたいなね。感覚にひたっていることが浅かったから。
でも俳句って写生するから、感覚を感じることを学んだんだよね。

 

-2013年、矢野さんが音楽監督を務め、亀渕さんがプロデュースを手がけるヴォーカルグループ「やのはな」で再びお二人は「日本」をテーマに曲づくりを始めます。「やのはな」結成のきっかけは何だったんでしょうか?

亀渕:十何年ぶりに矢野さんのピアノを聴きに行ったら、やっぱり素晴らしいわけよ。五感に訴えてくる音楽っていうのかな。すごく早かったり、すごくゆったりだったりのスピードがあって、とてつもなくどこか悲しくなっちゃったり、なんか理由もないのに、涙がでてくる音楽だったの。
だから、日本の風景や日本の色を歌うという自分が残してきた宿題をもう一回矢野さんとやってみたいと思ったの。
この混沌とした今の時代だからこそ、私は良質なものと生きていきたいの。美味しいものを食べて、美しいものと出会いたい。じゃあ、「音楽」で何を選ぶのかっていったら、やっぱり、矢野さんを選びたいの。
だから、「矢野さんが演奏するときに咲く花たち」っていう意味を込めて「やのはな」ってつけさせてもらったんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

矢野:(照れ) 今の僕は、90年代の頃みたいに、日本っていうのを探っていく気持ちはないんだよね。ただ日本の曲はつくりたいのよ。意外と気持ちいいから。
なんていうかな。スーっとした、ちょっとスピリチュアルな清い気持ちよさがあるでしょ。

亀渕:なんか精神的に開かれた世界よね。非常に自由な世界のような気がする。

矢野:しかも、それを全部人間でやると、音が、ふにゃーって柔らかくなるんだよね。
The Voices of Japanの伴奏している時に思ったんだ。声に囲まれている時の「なんなの?これ?なにこの倍音」っていう、あの気持ちよさ。
 

亀渕:<ウワーってときありますからね。

矢野:そう。僕は、人間の可能性を信じたいの。人間だけにしかできないことを。
一番関心があるのはヴォーカリスト。ヴォーカリストと抱き合いたいんだよ。
未だに、ヴォイスは神秘なわけよ。まぁ、それは、自分は歌わないからなんだけど。

亀渕:そのことは昔から言っているよね、矢野さん。
やっぱり自分の音楽を表現する楽器のひとつとして、ヴォーカルはいいですよね。
ちょっと具体的な話になっちゃうんだけど、「やのはな」のメンバーで、音をだせなくて、プレッシャーを感じて悩んでいた子がいたの。
だから私、「和音(ハーモニー)だから、音を変えてもらえばいいじゃない。その音じゃないといけないってことはないはずよ。あなたに合った音を見つけてくれるから矢野さんと一緒に音を探しなさい。」って。

矢野:作る人と歌う人がコラボレーションして、相談しながらやっていくものだもん。歌ってくれる人がいて初めて咲くものだから。
その子、この前リハーサルが終わった後、「地面から草が生えてきたようでふるえました。感激しました。」っていうメールをくれたんだ。今、悩んでるから、何事にも一生懸命なんだね。

亀渕:だからそういう言葉がでてくるようになったってことが素晴らしいと思うのよ。
他のメンバーの子も、「私は矢野さんの曲を練習している自分が好きです。」って言ったのよ。絶対こんなことを言わないだろうな、っていうことを言うようになったってことが、音を借りて感性が育っていっているってことよ。これが一番大事なことですよ。

 

―「やのはな」の楽曲は、歌詞に俳句や短歌を使用したり、メロディーは西洋音階と和音階が融合していたり、と耳馴染みのある既存の音楽とは違い新たな領域の音楽だと思います。
こうした新しい音楽への取り組みや「やのはな」の曲についてお聞かせください。

亀渕:「やのはな」での矢野さんのピアノは、シンプルですよね。矢野さんのポロンと出す音がいいよね。

矢野:「やのはな」の時は、ほとんど弾いてないから。そこに必要だと思うものだけで良いんだよね。

亀渕:全体的に活きますよね。絵としてそこで完成するみたいに。だから逆に言えば、ピアノが入らずにアカペラだけだと、彼女たちの気持ちの浅いところがでてしまうこともあるの。だから、例えば、庭を見に行ったり、絵画を見たり、いろんなことを勉強して五感を育てて、匂いや何かを嗅ぎ分けていく力がつくといいね、って話してるの。
あと、この前、「やのはな」の子達が、「MCを上手にしなくちゃいけない」とか言っていたから、私は「そんなことしなくていい」って言ったの。MCなんかしなくても、お客さんは意外と色々なことを見ているから。黙っている空間の中で、「ぽーん」ってリズムや言葉を出す姿を見て、楽しんでいるんだから。白紙の状態だからこそ、濃い色とか薄い色とか強烈に様々な色が映るわけ。庭園のように、黙って見ていても美しい、って思う、それと同じなの。
五感を研ぎ澄まして、そういうことを楽しめる私たちでありたいし、いつでも五感を研ぎ澄ましている人だったら、「やのはな」の曲はいいと思うはずだから。

           

矢野:僕は、僕がやりたい音楽をやっているんだ。だけど僕が作る曲は、テレビやラジオから聞こえてくるような、聴き馴染みのある曲じゃないから。お客さんもそうだけど、「やのはな」の子達も接し方が分からないと思うんだよね。それって辛いし、かわいそうだと思うんだ。でも彼女たちは、「やりたい」って言うから、やらせる時には、すごく勇気がいるんだけど、ここまできているんだよね。

亀渕:この世界は、上手だから受ける、下手だから受けない、ってことじゃないからね。‘something else’があるから、音楽に対して「ワー」ってくることがあるんだよね。

矢野:でも、聴いているお客さんは、知らないものや聞いたことのないものに反応するのかっていうね。人間の記憶装置の部分だよね。自分の中にある記憶装置の組織体にアクセスしてくると興奮するじゃない?

亀渕:そうね。聞いたことのないことを聴く場合、人間って勇気がいるし、びっくりするし、どうしていいか分からないものね。でもそれは、こういう音、こういう和音っていう風に慣らしていくしかないんじゃない?
そういう意味で、音楽家たちはお客様を育てることでもありますよね。
矢野さんの音楽を聞いて、お客様の耳に一粒一粒の音の世界を楽しんでもらいたい。「楽しんで」、なんて軽い言葉嫌だな、もっとちゃんとその音を、感じ取ってほしいわ。気持ちがきれいになるからね。

矢野:まあさ、多分、僕はずっと自分から出てきた音楽をやっていくんだけど。
つまらないことはしたくない、っていうのは譲れないんだよね。でも、頑固だけど、どこか不安にもなる。矛盾した両極っていうね。

亀渕:音楽ってある程度怖いのは、インナートリップっていう、自分の中で喜びをみつけて、そこに居すぎてしまうと、聴いている人と遠くなってしまうっていう。

矢野:こう、自分だけで「うひひ・・・」っていう。オタクみたいな。

亀渕:そう、オタクになっちゃう危険性はあるよね。

矢野:俺もオタクだし…

亀渕:(間髪いれず) 知ってる!(笑)オタクでありながら、あるところにいくと、「本当にこれでいいんだろうか。」って逆になるわけよ。

矢野:僕は、人にあわせるのが下手なんだよ。通信簿にも「同調性がない」って書かれてた。(笑)だから、今、流行ってたら、ちょっとそこにあわせればいいのにさ、自論なんかを入れちゃったりしてさ。

亀渕:自分がどこで満足するかっていうのは、それが全部ではないんだけど、ある意味で、自分がOKとするところと、人がOKをだすところ、って違うと思うのね。でもね、人がOKとするところって「ああ、そうなんだ」と、じゃあもう少し、これでやってみようか、と。人が介入してくれるから成長することってあるよね。そう突き上げられる気持ちって人がくれるから返せるっていうか。それに至らない自分を認めて、励もうと思うわけだから。その繰り返しでずっとくるわけだよね。

矢野:そうだね。この前、もっちん(※浜口茂外也)が『あむ』のリハをやった時に、「やのはな」のリハを聞いてたの。それで、「聴いていましたよ。気持ちいいね、矢野さん。コーラス気持ちいいね。」って。
気持ちいいと思う人はいるってことだよね。

亀渕:何かを表現するっていうことは、みんな同じでね。歴史のあるものを見つめ返してみたり、そこからまた、新しいものをつくろうとしてみたり。自分たちの感覚をつくらなきゃいけないっていうのがあるからこそ、良くなって、成長するわけ。歌舞伎なんかもそうじゃない。

矢野:楽しませようっていうね。すごいよね。間髪いれず、次々とやり続ける、っていう。受けても受けなくても、やる場を作っていかないと、成長はしないよね。

亀渕:なんか私たちは常にそういうこととのせめぎ合いでずっとここまでやってるのよね。みんなそんなところで苦しんで、「この曲は受けるかな?受けないのかな?」って。「やってみたけど受けなかったな。じゃぁ辞めようか」っていう訳にいかないよね。自分の子供を殺すわけにはいかないのと同じで、自分の中から出てきたものを、それこそお客さんに受けないっていうだけでね、やんなくていいのかなって。だからこそ、私なんか逆にやってみようかなとか思ったりしてね。

矢野:強いね。

亀渕:私強いですよ。そういう意味では私強いんだと思う。弱いかな、ってずっと思ってたんだけど、結構図々しくて強い(笑)。
どこかで良いと思って信じたものは絶対信じていきたい。体力が無くなったりとか、自分でできなくなる事は別ですよ。なんでもそうだけど、結局そういう時に向かっていった情熱みたいなものがものすごく大事よね。

矢野:そうそう、情熱がなくなったら、ただ家で寝てる事になるからね。
俺は、自分の音楽を出すっていうことが大好きだから。

亀渕:そう、 矢野さんは、情熱がものすごくあるから、それがある以上、いろんな疑問をもってらっしゃるし不安だろうけど、でもみんなそうだから。私だって・・・あ、私はそんなに不安ないかな今(笑)
でも音楽を創るということではものすごく不安じゃない?毎日ライブがある度に「どこまでできるんだろうか」って、不安よね。でもやってみるしかないわけだし。若い子にも「自分が決めたんだから、とにかくやってごらん」って言うの。やってみて駄目でも、1回で諦めるのではなく、少なくとも3年はやりなさいって。3年やって駄目だったら多分駄目だろうし、くたびれちゃうしね。
それよりも情熱がなくなることの方が怖いよね。そう一番思ってる。

              

 

矢野:そうだね。あとは憧れ。
「やのはな」の曲で書いてるのは、僕自身が持っている日本への憧れに過ぎないかもしれない。でも憧れって気力になるから。

亀渕:憧れを持つことは素晴らしいことだと思う。憧れと情熱はとっても近くにあるよね。

矢野:あるね。憧れといってもいいし、夢といってもいいしね。

亀渕:そうそう。人生は短くて、長くても100年しかないんだからさ。
憧れと情熱を持たない限り、気力は絶対に失せると思う。気力が失せたら終わりだから。

矢野:そうね。何度も失せかけるんだけど。やっぱり音楽に戻ってくるというか、音楽しか能がないんだよ。他のことは全部滅しちゃうんだよ。だから音楽をやってるんだよね。

亀渕:可能性あるしね、音楽は。「やのはな」も私の情熱ですよ。

 

-「やのはな」にもご出演いただき、2月にはキラリふじみで矢野さんのコンサート『あむ』を上演します。コンサートに向けて、今の心境をお聞かせください。

 

矢野:キラリふじみは、もともと演劇を中心に上演している劇場なんだけど、たまたま音楽家の僕が入り込んで(※4)、今は音楽もやっているんだよね。
(※4 2011年より、キラリふじみのアソシエイト・アーティストとして劇場とともに活動をしている) 

亀渕:芝居する人が羨ましいなって思うのは、芝居ってやっぱり仲間がいてできるものじゃないですか?もちろん役者さんは役づくりの時は孤独だと思うよ。でもつくる間は、割合喧々囂々と仲間と話したりしていて、いいなって思うの。
だけど音楽家は1人だから、芝居の人より孤独であるかもしれない。

矢野:だから音楽は、演劇と違う人の説得の仕方で、人を興奮させたり幸せにさせるところがあるよね。キラリふじみで僕がやっている事はゼロじゃないんだなって思ってる。

亀渕:やっぱりそこには世界があるわけだから。世界を作るってものすごく怖いこと。怖く思っていいの。だから、お客様もどんな音楽だろうって、ドキドキ・ビクビクしながらコンサートに来ていいと思う。
私も寺山修司の『盲人書簡』を観に行った時にそれを感じたことがあったの。『盲人書簡』だから、始めから最後までずっと客席が真っ暗で、寺山さんだから激しい言葉のやり取りだけがあって。お客さんは、真っ暗で怖いから帰ってしまう人もいたの。でも「何が起きるんだろう、この演出家は何が言いたいんだろう」って色々な事に興味が湧く私達がいるのよ。
みんな、音楽ってどれも同じだって思っていて、そういうドキドキする気持ちを忘れているんだと思う。だから、是非この『あむ』は、そういう気持ちを求めてほしい。

矢野:結局、音楽っていうは、この音が好きか嫌いかでしかないからね。議論してどうにかなるわけじゃないから言葉では伝えられないんだよね。だから、この‘好み’の部分を深くしていくのがいいでしょ、っていう気持ちでやってる。この音楽しかないんだよ、って。

亀渕:初めて聞く世界。それがなければ明日はないですよ。新しいものとちゃんと出会うこと。人間がみんな持っているものは才能じゃなくて五感なんだから、その五感をちゃんとしておくことなんだよね。
だから、『あむ』で刺激的な音を聞いて五感を育ててほしいですね。

矢野:

亀渕:でも、矢野さんの音楽って、分かりにくい、分かりにくいっていうけどさ、この方のピアノくらい分かりやすい音はないと思うのよ。激しいところ、緩やかなところ、ものすごくはっきりしてらっしゃいますもんね(笑)

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