2016年04月01日 - 劇場芸術―市民とともに 同時代を生きる
M 5年前、〈レパートリーの創造〉と名づけて始めた活動の最初の作品が、『あなた自身のためのレッスン』①(清水邦夫作・多田淳之介演出)でした。レパートリーという言葉には、市民の文化的な財産へと成長していく作品という意味合いをこめたわけですが、それ以来、多田さんとは、劇場の魅力や可能性を提示できるようなしかけをもった作品をつくってきました。三作目の『奴婢訓』②(寺山修司作・多田淳之介演出)の時は、子ども連れの女性が観にきて「遊園地にいるみたいで、とっても楽しかったわ」という感想を残していった。(笑)
T 先鋭的な作品でも、地域の方や子どもが観にきてくれるというのが、キラリふじみのウリですからね。(笑)『あなた自身』の時にも、ぼくのワークショップに参加してくれた小学生が、ステージ上に仮設した客席の最前列で、大きなぬいぐるみを抱えながら興味津々で観てくれました。(笑)そういう地域の観客との関係が、ぼく自身にも劇場にとっても財産だと思っています。とくにキラリのレパートリーをつくる時は、作品と観客だけではなく、劇場と観客の関係も意識します。他にどんな作品が観られるんだろうと、劇場に期待してもらえるとうれしいですね。
M 5年前には、市民参加の新しいタイプの創造活動も始めました。哲学者の鶴見俊輔さんの『限界芸術論』によると、芸術は人間の暮しの中で生まれ、やがてプロによる専門芸術へと変化していきます。いまの市民参加劇は、鶴見さん流にいえば、創る側と観る側がはっきり分れてしまった近代以降の芸術の枠組が前提になっていて、それだと参加する市民の側は、プロが生んだ方法をなぞるしかない。芸術の起源に溯ろうというのでもないですが、プロと市民が渾然一体となった創造活動はできないのかと考えていました。キラリふじみに来てみると、多田さんも同様の考えをもっていて、ぼくらは偶然の出会いだったんですが、そこに必然性を感じてしまいました。(笑)多田さんは去年、市民劇『ふじみものがたり』をつくりました。アソシエイト・アーティストも、市民参加のプログラムを展開してきました。田中泯さんの『私の子供=舞踊団』③、矢野誠さんの『市民合唱コンサート』④、永井愛さんと田上豊さんの戯曲の『リーディング』⑤。そしていよいよ多田さんが主導して、市民が創造活動にとり組む『リージョナルカンパニーACT-F』が始まります。
T 市民劇の参加者の中にも、すでに地域での文化活動をされている方もいて、参加して単純に楽しかったというのも大事ですが、その後のそれぞれの生活や文化活動がより豊かになってもらえたら最高ですよね。これから始まる『ACT-F』も、キラリふじみでの創作活動だけでなく、小学校で読み聞かせをされている方がスキルアップのために参加してくれてもいいですし、お祭りを盛りあげるためのパフォーマンスを企画するとか、メンバーと一緒に富士見でなにができるのか、やりたいのかを考えながら、1年ごとのテーマに沿って3年計画で活動します。初年度のテーマは初年度らしく〈子ども〉にしました。
M 多田さん自身の作品としては、12月に『亡国の三人姉妹』があります。
T 昨年度は戦後70年、震災後5年だったので、東京デスロックでは「平和」をキーワードに『Peace(at any cost?)』をつくりました。次の演目を考えていて、ふとチェーホフが今の日本の状況にぴったりだと思ったんです。原作は、20世紀へと移り変わる百年くらい前の時代の話ですが…。
M チェーホフの『三人姉妹』には、背景に戦争がある…。
T ええ。それと、かつて繁栄していた時代への郷愁とか、今の生活は幸せではなく、それでも生きていきましょうと言うしかない世界だったり…、今の日本と重なる部分は多いですね。
M どんな日本の姿が見えてくるか、楽しみです。
T ぼくはアソシエイト・アーティストの若手ふたりの新作がかなり楽しみで、白神ももこの新作『ダンスカフェ』は、大掛かりだった前作『絵のない絵本』から一転して、ほかのダンサーも招きながら、毎月小さなダンス・ピースをつくっていく。つくる、見る、だけではなく毎回トークもあり、交わる部分を大切にしている企画なので、彼女らしい地域と芸術をつなぐプロジェクトになると思います。田上豊は、3年にわたって上演を続けたかれのレパートリー『Mother-river Homing』の続編に取り組みますね。
M 『Mother-river』を企画した時は、地域の人たちが家族で楽しめるような劇をつくりたいという思いがあって、それと「自分の家族を題材に芝居を創りたい」という田上さんの構想がぴたりと重なった。好評で再演を続けて、ついに続編まで…。
T 田上家は、どうやらドラマの種は尽きないようです。(笑)
M 永井愛さんの新作は、キラリふじみと劇団二兎社の共同制作の3作目となります。
T 今の時代状況の中で、永井さんがなにを書かれるのか、とても期待しています。
M ここ2年、永井さんは『鷗外の怪談』、『書く女』と、明治の文豪がどう時代に向きあったかを描いた作品を上演してきましたが、新作は一転して現代の日本の状況に切りこむ作品です。矢野誠さんが音楽監督をつとめる『キラリ音楽祭』が、今シーズンからスタートします。女性と男性のボーカリストを数人ずつフィーチャーした、豪華な2日間のコンサートです。
※「2016.04-2017.03のディレクションを語る」全文はこちら【PDF】